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絵3

某氏のお陰で初心者の初心者の館ぐらいはエッセンスを掴めた。感謝します。

あと別の某氏推薦の通称”やさしくない人物画”を読んだが、内容を実践できるかはさておきいい文章がズラズラ並んでいた。“何を描きたいのかが9割であって、技術的技巧は1割に過ぎない”とか。

あーよくわかるわ。文章という意味で筆を取るにも何が語りたいのかのメッセージ性が重要なのであって、書きたいものがなければ筆を取る意味もないっていうのは重々理解している。

ということで絵を描く上で何を表現したいのか。今は珈琲を飲むフリーナを描きたいと思っている。

メッセージ性としては明確だ。王宮で豪奢な茶器を並べて優雅なティータイムを楽しんでいただろうフリーナはどちらかというと紅茶派だという解釈をしているのだが、色々終わって隠遁モードに入った後に”ただカフェインを摂るためだけに業◯用スーパーの安珈琲を飲む”という終わってる感を描きたいのだ。(安珈琲の名誉を保つために補足するが、業務◯スーパーの珈琲は値段にしては普通に美味い)

これには隠遁生活の個人的解釈も多く含まれる。ヌヴィがフリーナの生活をちゃんとサポートする旨がメインクエ中に語られたが、事態が解決した後でも大衆のフリーナへの評価は賛否両論だろう(ナヴィアとの一合でもそれは十分に表現されている)。
ともすればフリーナの援助といっても公的にそれができるとは考えづらく、せいぜいヌヴィのポケットマネーでどうのこうのしてるぐらいが関の山なのではないか。生活水準はダダ下がりだし、結果としてフリーナの生活力がないような表現をされていた”パスタ無双”も、別の観点から見ればそれ自身がフリーナの生活レベルをそのまま表しているのではないか、と思っている。

私がしまむらフリーナを描きたがっているのも、その解釈を表現する1つの方法だからだ。むしろ”あの帽子”や”あの服”は見たくもないといった嫌悪、或いは訣別といった意味も込めて焼き払っていて欲しいというただの個人の願望があるわけだが。

さて、やはり文字として表現するのは些か簡単であり、“で、どうやってそれを描くの?”という話なのだが、今の私にはこれが限界のようだ。よし、フリーナ。ストローで珈琲を飲め。

なんかもうマグを描くことすらままならんわけだが、絵で表現するってマジで難しいんだなと痛感している次第である。つらつらと今回の反省点を述べる。

・傾いた絵を描くのはやはり難しい。上の絵はアタリとしての円球と顔の輪郭がズレている。この輪郭のズレは目を描いている時にようやく気づいたのだが、球に合うように目を描いたら見事にバランスが狂った。結局輪郭に合うように補正してこうなったのだが、球のアタリが機能していないということは”軽微とは言えないぐらいズレている”ことを示すのだろう。経験値が足りない。

・髪がマジで難しい。油断するとすぐ柿の種やワカメになる。あと上の絵はよくわからんまま髪を下に流しているが、折角顔が傾いた状態なのにただ下に流しているだけでは立体感を損ねているというか、もっと立体表現をできるところを十全に活かせてない。

・体格への理解が足りない。ここはまぁ座学も経験も足りてない。

・ストローのような有機的な人工物は直線で描けばいいが、上のは手抜きで並列直線となっているのがおかしい。直線で描くのはいいが、ストローがカメラの画角に対して直角に立っているのでなければ、左の線と右の線で傾きは変わらなければならない。そもそもちゃんとカップを描かないと口からビームを出しているようにも見えかねない。

・拡大縮小を意識せずに眼前のキャンパスに適当に絵を描いてしまった。キャンパスを大きく、拡大して絵自体を大きく描けばもっと精緻に細部の検証ができるだろう。

・そもそもお前は何を飲んでいるんだ?

まだまだこれからだが、とりあえず描きたいテーマは明確なのでしばらくはしまむらフリーナに勤しむことにする。